日々、外資系企業という荒波に揉まれていると、嫌でも痛感することがあります。
それは、「英語は武器ではなく、もはや必須ツールである」ということ。
(私は決して英語が得意ではないのですが、ギリギリ業務対応はできるくらいのレベルです AIさんに助けてもらっています)
昇進の切符を掴むにはビジネスレベル英語が必須ですし、会議のカウンターパートは容赦ないネイティブスピーカー。テクノロジーがどれだけ進化しようとも、自分の言葉で意思を伝え、信頼を勝ち取るアドバンテージは、今なお色褪せることがありません。
おそらく20年後も、アドバンテージとなり、なんなら今よりも重要性が増している可能性もあると感じています。
「子どもには、自分のような苦労はさせたくない。英語という翼を早いうちに授けてあげたい……」
そう思うのは、親として至極真っ当な流れでした。
インターナショナルスクールという選択肢
周りの友人たち(同い年の子を持つパパママ)からも「インターに入れた」という声がちらほら聞こえてきます。「始めるなら早いほうがいい」というアドバイスに背中を押され、さっそく近場で送迎可能なインターナショナルスクールを見学しに行きました。
そこにあったのは、良くも悪くも「圧倒的な現地感」。
日本の一般的な保育園とは空気感も設備も全く異なり、「ここに入れば確かに英語は身につくだろう」という確信と、それと同時に拭いきれない違和感のようなものを感じたのも事実です。
インターで働ける保育士・教育者が少ないということもあり、施設が小規模になりがちと感じました。
また、主に面倒を見てくれるのが、保育士というよりも英語ネイティブのアルバイトが面倒を見てくれている感じのところが多く、少しイメージとのギャップを感じてしまいました。
夫婦で何度も議論した「教育の優先順位」
見学を経て、妻とは何度も話し合いました。
私の「英語のアドバンテージを」という意見に対し、妻が大切にしたいと語ったのは、もっと根源的なことでした。
「英語ももちろん大事。でも、まずは何事にも全力で取り組める健康な体と精神が先じゃないかな。太陽の下で思い切り動き回れて、心が安らぐ温かい環境を優先してあげたい」
認可保育園もいくつか見学しました。英語教育に力を入れている園もあり、魅力も感じましたが、タイミングが悪く空きがなかったりと、縁は恵まれなかったです。
そして結局、我が家が選んだのは……
- 明るい雰囲気で、園内の空気がポジティブ
- 園庭があり、よく散歩に連れて行ってくれる
(「オムツのサブスク」あり)
そんな、非常に人間味あふれる、温かい保育園でした。
「純ジャパ」の父から、息子へ贈る言葉
そんなこんなで、我が家の「早期英語教育」の芽は、一旦は芽吹くことなく終わりました。
けれど、高校英語までの知識をベースに、いわゆる「純ジャパ」として外資系で必死にサバイブしてきた身からすれば、こうも思うのです。
「自力で壁を乗り越えていくのも、人生の醍醐味ですよ」と。
もちろん、「苦いスパイス(苦労)をあえて味わわせる必要はないけれど、もし人生でそれに直面しても、最後はデザートを笑って食べられるようなタフな人生を歩んでほしい」とか、某ミスチルの歌詞のような綺麗事を言うつもりはありません(いや、言ってみたいのかもしれませんが)。
早期教育の英才教育ルートからは外れたかもしれませんが、日常の中でできることはあります。
- 家でYouTubeを見るときは「Bebefinn(ベベフィン)」などの英語コンテンツを。
- 折に触れて海外旅行へ連れ出し、広い世界を見せる。
- もし将来、本人が「語学留学に行きたい」と言い出したら、全力で支援する。
今の私にできることは、英語を詰め込むことではなく、子どもが「自発的に何かをやりたい!」と思う心を育むことなのだと、自分を納得させています。
今日も一日が終わり、お風呂に入れ、寝かしつけを見送りました。 明日の朝、目が覚めた瞬間に聞こえるであろう「パパ〜!」という声。
その声を聞ける幸せを噛み締めながら、私は明日も、ネイティブ相手に(必死に)英語で戦ってこようと思います。


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