「産後ケアがあるのに、使えない」――双子育児で見えてきた、日本の子育て支援の“盲点”

双子育児

「産後ケア」という言葉を、双子を育てたことのある人なら一度は聞いたことがあると思います。

助産師さんに相談できる。
赤ちゃんを見てもらえる。
お母さんが休める。

自治体によっては、宿泊型や通所型、訪問型のサービスもあります。

一見すると、とても心強い制度です。

ところが最近、双子育児に関するあるニュースを見て、少し考えさせられました。

双子を育てる母親が、産後に睡眠時間が1日2時間ほどしか取れない状態を経験し、産後ケアを利用したいと考えたものの、受け入れ側の人手不足などによって、思うように利用できなかったという内容です。

ここで浮かび上がるのが、

「支援制度があること」と「支援を受けられること」は、まったく別の問題ではないか

ということです。

「制度がある」だけでは、支援にならない

子育て支援について考えるとき、私たちはつい、

「○○という制度があります」

というところで話を終えてしまいます。

でも、本当に重要なのはその先です。

例えば、

制度がある
↓
自分が対象である
↓
制度を知っている
↓
予約できる
↓
実際に受け入れてもらえる
↓
困っているタイミングで利用できる

ここまで到達して、初めて「支援」と言えるのではないでしょうか。

これは双子育児に限った話ではありません。

ただ、双子家庭では、この最後のハードルが特に高くなりやすい。

双子家庭では「困ってから探す」が難しい

双子育児の特徴の一つは、

「困っているときほど、助けを求めるための余力がない」

ことです。

例えば、

  • 2人が同時に泣く
  • 1人が発熱する
  • もう1人も体調を崩す
  • 夜中に2人とも起きる
  • 親自身も寝不足になる
  • パートナーが仕事でいない

こんな状態になってから、

「産後ケアってどこで申し込むんだっけ?」

「双子でも利用できる?」

「空きはある?」

「予約には何が必要?」

と調べるのは、かなり難しい。

つまり双子家庭に必要なのは、

「困ったら使える制度」だけではなく、「困る前から使い方が分かっている制度」

なのだと思います。

そして「制度の期間」と「困る時期」が一致しているのか

もう一つ気になるのが、産後ケアの利用時期です。

国は産後ケアの対象を「出産後1年を経過しない女性・乳児」へ広げる方向で制度を整備しています。

一方、実際の現場では、赤ちゃんの成長に伴って安全管理や人員配置の問題が生じ、施設によって受け入れ可能な月齢が異なるケースがあります。

つまり、

制度上の対象期間と、実際に利用できる期間が必ずしも一致していない。

ここには、子育て支援を考えるうえで重要な問題があります。

そもそも、育児の負担は「月齢」によって機械的に区切れるものなのでしょうか。

育児の負担は「年齢」より「家庭の負荷」で決まる

双子育児をしていると、負担がずっと一定ではないことに気づきます。

最初は睡眠不足。

その後は授乳や離乳食。

動き始めれば、安全管理。

外出するようになれば、2人を同時に連れて歩く難しさ。

そして仕事に復帰すれば、仕事と育児の同時進行。

つまり、

「生後○か月だから大変」

というより、

「その家庭が今どれだけの負荷を抱えているか」

のほうが重要なのではないでしょうか。

例えば、

  • 睡眠不足が長期間続いている
  • 双子を一人で見る時間が長い
  • 夫婦ともに仕事をしている
  • 近くに頼れる親族がいない
  • 子どものどちらかが体調を崩している
  • 親自身の体調が悪い

こうした条件が重なれば、同じ「生後6か月」でも家庭によって負荷はまったく違います。

だから、これからの子育て支援は、

「子どもの年齢」だけではなく「家庭の負荷」を見る方向に進んでもいいのではないか

と思います。

双子育児で重要なのは「平均負荷」ではなく「ピーク負荷」

ここは、双子を育てていて特に感じるところです。

双子育児は、毎日の負担が単純に2倍になるわけではありません。

問題なのは、

負担が同じ時間に集中すること。

一人が泣く。

その対応をしている間に、もう一人が泣く。

一人を着替えさせている間に、もう一人がどこかへ行く。

一人を病院に連れていく必要がある。

でも、もう一人を誰が見るのか。

つまり双子育児では、

「平均的にどれくらい大変か」より、「一番大変な瞬間に家庭が耐えられるか」

が重要になります。

これは、仕事のシステム設計にも少し似ています。

システムは平均的なアクセス数だけを見て設計すると、アクセスが集中した瞬間に止まってしまう。

家庭も同じです。

普段は何とか回っている。

でも、

「子ども2人が同時に発熱した」

「親も体調を崩した」

「仕事も休めない」

という瞬間に、一気に家庭のキャパシティを超える。

だから必要なのは、ピークを吸収するためのバッファなのではないでしょうか。

子育て支援に必要なのは「バッファ」なのかもしれない

私は、子育て支援を考えるとき、

「育児負担をどれだけ減らせるか」

だけではなく、

「家庭にどれだけの余白をつくれるか」

という視点が重要だと思っています。

例えば、

① 時間のバッファ

一時保育、産後ケア、訪問型支援。

② 人のバッファ

ファミリーサポートや地域の支援者。

③ 知識のバッファ

父親向け講座、多胎家庭向けの情報提供。

④ お金のバッファ

多胎家庭への給付や育児用品への補助。

⑤ 心理的なバッファ

「こんなことで助けを求めていい」と思える環境。

こうしたバッファが複数あれば、どれか一つが使えない日でも家庭は持ちこたえられます。

「外から人を足す」だけではなく、「家庭の処理能力」を高める

もう一つ重要なのは、外部から支援を足すことだけではありません。

家庭そのものの育児処理能力を高めることも支援になります。

例えば、

  • 父親が一人で双子を見られる
  • 夫婦どちらでも病院に連れていける
  • 夫婦どちらでも食事・着替え・寝かしつけができる
  • 双子家庭同士で情報交換できる
  • 困ったときにどこへ連絡すればいいか分かっている

これらはすべて、家庭の「バッファ」です。

そして、このバッファが大きい家庭ほど、何かトラブルが起きても崩れにくい。

そう考えると、父親への育児支援や多胎家庭同士のコミュニティも、単なる「情報提供」ではなく、

家庭のレジリエンスを高める施策

と考えることができます。

「困ったら相談してください」から「困る前につながっている」へ

最近の多胎支援のニュースで興味深いのは、単に情報を提供するだけではなく、SOSや訪問支援など、実際の支援につなげる仕組みが増えていることです。

これは大きな方向転換だと思います。

従来型の支援は、

困ったら相談してください。

でした。

でも本当に必要なのは、

困る前からつながっていて、限界になったらすぐ助けを呼べる。

という状態なのではないでしょうか。

理想を言えば、

「どこに相談すればいい?」

と考える必要すらない。

「今ちょっと無理です」

と言えば、

「では、こうしましょう」

と次の選択肢を提示してくれる。

このくらいまで支援へのアクセスコストを下げてもいいと思います。

「双子だから特別扱い」ではない

ここまで考えると、多胎家庭への支援を「双子だから特別に優遇する」という話にしたくない気持ちもあります。

むしろ、

双子家庭をモデルケースにして、子育て家庭が限界を超えない仕組みを考える。

そう捉えたほうがいいのではないでしょうか。

双子家庭では、

「一人ならできるけれど、二人だとできない」

という問題が非常に分かりやすく表れます。

だからこそ、

  • ワンオペ家庭
  • ひとり親家庭
  • 病児・障害児のいる家庭
  • 介護と育児が重なる家庭
  • 近くに頼れる親族がいない家庭

にも応用できる仕組みが見えてきます。

双子育児を「根性論」にしない

双子を育てていると、

「双子だから大変なのは仕方ない」

と思ってしまうことがあります。

そして親自身も、

「みんな頑張っているんだから、自分も頑張らないと」

となりがちです。

でも、

頑張れる家庭を作ることと、限界まで頑張らなくていい家庭を作ることは違います。

双子育児は、どうしたって大変です。

でも、その大変さを親の努力だけで吸収する必要はありません。

支援制度がある。

相談できる。

人が来てくれる。

父親も育児を担える。

同じ立場の家庭とつながれる。

そして、本当に限界になったときには預けられる。

こうした「バッファ」が何層もあれば、家庭は安心して子育てできます。

「産後ケアがあるか」ではなく、「限界になったとき誰が助けてくれるか」

今回のニュースをきっかけに考えたのは、

子育て支援の評価軸そのものを変えてもいいのではないか

ということです。

「制度があるか?」

ではなく、

「実際に使えるか?」

さらに、

「本当に困った瞬間に使えるか?」

まで考える。

そして最終的には、

「この家庭が限界を超えそうになったとき、どこからバッファを持ってこられるか?」

という問いにする。

双子育児は大変です。

でも、その大変さをなくす必要はありません。

双子だからこそ見られる2人の関係や、2人一緒に成長していく姿には、双子ならではの楽しさがあります。

だからこそ、

「大変さをなくす」のではなく、「大変さが限界を超えないようにする」。

これからの子育て支援に必要なのは、そんな発想なのではないでしょうか。

双子育児を経験した今、私はそう思っています。

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