『イン・ザ・メガチャーチ』を読んで考えた、「豊かな人生」のつくり方

日常

――「しなかったこと」は、いつか自分に返ってくる

※この記事は朝井リョウ『イン・ザ・メガチャーチ』の内容・結末に触れています。未読の方はご注意ください。

最近、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』を読みました。

ファンダム、推し活、SNS、陰謀論など、一見すると現代的な社会現象を扱った小説です。

ただ、読み終えて強く残ったのは、推し活そのものの是非ではありませんでした。

むしろ印象に残ったのは、

人は、自分の人生に何かが足りないとき、別の「物語」に意味を求めるのではないか

ということ。

そして、そのことを考えていくと、最終的には「豊かな人生とは何か」という、かなり普遍的な問いにつながっていく作品だと感じました。


一番印象に残ったのは、父親・久保田だった

3人の主人公のなかで、特に印象に残ったのが47歳の父親、久保田慶彦です。

久保田は離婚後、娘の澄香と月1回のビデオ通話をする関係になっています。

娘を大切に思っていないわけではない。

むしろ、父親としての責任や娘への思いは持っている。

それでも、娘との関係には埋められていない距離がある。

一方で、仕事を通じて関わるアイドルや、その周辺の人間関係には強く感情移入していく。

この対比が非常に印象的でした。

そして久保田を見ていて感じるのが、

「そのときにしなかったことは、なくなるわけではない」

ということです。


人生には「後から取り戻せないもの」がある

仕事であれば、やり直す機会があります。

勉強も、ある程度は後からできます。

お金も、失ってもまた稼ぐことができます。

しかし、人間関係にはそうではないものがあります。

子どもが小さいときにしかできないこと。

親が元気なときにしかできない会話。

若いときにしかできない挑戦。

友人と過ごせる時間。

そうしたものは、「いつかやればいい」と先送りしているうちに、機会そのものがなくなってしまうことがあります。

久保田の物語が切ないのは、まさにそこなのだと思います。

大切ではなかったから後回しにしたのではない。
大切だったからこそ、いつでも取り戻せると思ってしまった。

その結果として、時間が経ってから「もっと違うことができたのではないか」と突きつけられる。

これは父親という立場に限らず、多くの人に共通するテーマなのではないでしょうか。


なぜ人は「別の物語」に夢中になるのか

この作品の面白さは、久保田だけを特殊な人物として描いていないところにもあります。

大学生の澄香も、推しであるアイドルの世界に深く入り込んでいきます。

隅川絢子もまた、推しの死をきっかけに、現実とは別の物語へと引き込まれていきます。

3人はそれぞれ違う人生を歩んでいますが、共通しているのは、

自分の人生だけでは満たされない何かを、外部の物語によって補おうとしていること

なのではないでしょうか。

アイドル。

ファンダム。

陰謀論。

コミュニティ。

これらは、人に「自分はここにいていい」と感じさせてくれる。

だからこそ強い。

そして、その力は決して悪いものではありません。


「物語」は人生を豊かにもする

ここは、この作品を単純に「推し活の危険性を描いた小説」と捉えたくない理由でもあります。

人間には、何かに夢中になることが必要です。

スポーツを応援する。

音楽を聴く。

小説を読む。

仕事に打ち込む。

趣味を極める。

誰かを応援する。

そうしたものによって人生が豊かになることは間違いありません。

問題なのは、

その物語が、自分自身の人生よりも重要になってしまったとき

なのだと思います。


「豊かな人生」のための手段が、目的になっていないか

これは推し活だけに限った話ではありません。

例えば、

「お金があれば自由になれる」

「FIREすれば幸せになれる」

「キャリアで成功すれば充実する」

といった考え方も、一種の「物語」です。

もちろん、経済的な余裕は人生の自由度を高めます。

仕事で成果を出すことにも大きな意味があります。

しかし、

人生を豊かにするための手段が、いつの間にか人生そのものになってしまう

ことがあります。

資産形成のために現在を犠牲にする。

キャリアのために家族との時間を削る。

将来のために、今しかできない経験を先送りする。

これも、構造としては本作で描かれている「何かに意味を預けること」と無関係ではないように思います。


大切なのは「何を得るか」だけではない

人生設計を考えるとき、どうしても「何を得るか」に目が向きます。

いくら稼ぐか。

いくら貯めるか。

どんな仕事に就くか。

どこに住むか。

どんな経験をするか。

もちろん、それらは重要です。

しかし『イン・ザ・メガチャーチ』を読むと、

「何をしなかったことを、将来後悔するのか」

という逆方向から人生を考えることも大切だと思わされます。

やりたいことを100個見つける必要はありません。

むしろ、

「これは後回しにすると、後から取り戻せないかもしれない」

というものを見つける。

そして、そこにはできるだけ時間を使う。

それだけでも人生の選択は少し変わってくるのではないでしょうか。


「今」と「未来」のバランス

これは資産形成にも通じます。

将来のために投資することは重要です。

しかし、20年後のために現在をすべて犠牲にする必要もありません。

子どもが小さい時期には、小さい時期にしかできない経験があります。

若いうちには、若いうちにしかできない挑戦があります。

家族や友人との時間にも、それぞれの「旬」があります。

だから人生を豊かにするためには、

未来のために備えることと、今しかできないことを楽しむこと

の両方が必要なのだと思います。


自分の人生に「自分の物語」を増やす

『イン・ザ・メガチャーチ』を読んで考えさせられるのは、

「誰かの物語に夢中になるな」

ということではありません。

むしろ、

「自分自身の人生にも、ちゃんと物語をつくろう」

ということなのではないでしょうか。

誰かの成功を追いかけるだけではなく、自分で旅行に行く。

誰かの発信を見るだけではなく、自分で何かを作る。

誰かの人生に感情移入するだけではなく、自分自身の人間関係を育てる。

そうした経験が積み重なって、自分だけの人生になっていく。


おわりに

『イン・ザ・メガチャーチ』は、推し活やファンダムの熱狂を描いた作品である一方で、

「自分の人生に何を残すのか」

という問いを投げかける小説でもあると思います。

特に久保田の物語から感じるのは、

「しなかったこと」は、時間が経っても消えない

ということです。

仕事も、お金も、趣味も、人生を豊かにするための大切な要素です。

ただ、それらに夢中になるあまり、本当に大切な人との時間や、今しかできない経験を後回しにしてしまえば、後から取り戻せないものもある。

だからこそ、

何を手に入れたいかだけではなく、何を後回しにしたくないか。

その視点を持って人生を考えてみる。

『イン・ザ・メガチャーチ』は、そんなことを考えるきっかけになる一冊でした。

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